ソーシャル・イノベーション・スクールは、多くの企業から高い評価をいただき、サステナビリティと人材育成の分野で共に未来を切り拓くパートナーとしてご活用いただいています。本対談シリーズでは、社員派遣を通じて生まれた実践的な取り組みや気づきを企業の代表者から直接伺い、企業経営者や人材育成担当者の皆さまにとって参考になるポイントをお届けします。今回は、米倉 誠一郎学長が株式会社晃祐堂(本社:広島県安芸郡熊野町)取締役社長の土屋 武美様にお話を伺いました。

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なぜ熊野町が「筆の産地」として名を馳せるのか

米倉学長(以下、米倉):
本日は、社長自ら本校の講座を受講くださり、その後も継続してご支援いただいている株式会社晃祐堂(こうゆうどう)代表の土屋 武美社長にお話を伺うため、広島県熊野町に伺いました。
お忙しいところ、ありがとうございます。

土屋社長(以下、土屋):
よろしくお願します。

米倉:
「晃祐堂」と聞いても、まだご存じない方もいらっしゃると思います。
まずは、どんな会社なのか、そして熊野町という地域についてもご紹介いただけますか?

土屋:
晃祐堂は1978年に創業し、もともとは書道で使う筆、いわゆる書道筆の製造からスタートしました。
ところが、ここ20年ほどの間に少子化の影響で書道筆の需要が減ってきたこともあり、私たちは新たに化粧筆の製造に取り組み始めました。
私たちが拠点を置く熊野町は、「熊野筆」の産地として知られています。現在、日本には243の伝統的工芸品がありますが、そのひとつにこの「熊野筆」が認定されています。とはいえ、そうした伝統的工芸品も全国的に見ると、今どんどん埋もれてしまっているのが現状です。
そのため、私たちは従来の書道筆だけではなく、化粧筆や洗顔ブラシといった新しい製品づくりにも挑戦しています。今後も、筆の可能性を広げながら、この産地と業界全体を盛り上げていきたいと考えています。

米倉:
熊野が筆の産地として有名になった背景は何でしょうか?

土屋:
よく「原材料が手に入りやすかったから」と考えられがちですが、実はそれだけではありません。
筆づくりはもともと江戸や京都、奈良といった城下町を中心に盛んに行われていました。
一方で、熊野町はもともと大きな産業のない地域でしたが、江戸時代後期、今からおよそ180年前に、有馬地方から筆づくりの技術を学び、それを持ち帰った人々によって広まり、産業として根づいたといわれています。
時代とともに他の地域では産業の多様化により筆づくりが衰退していった中、熊野町は筆づくりに特化し続けることで、日本全国の筆産業を支える“下請け”的な役割も果たしながら、現在も一大産地としてその伝統を受け継いでいます。

米倉:
「筆といえば熊野町」っていうイメージ、ありますよね。
広島駅にも大きな熊野筆が飾ってありますし、広島にとっても、そして日本にとっても、失ってはいけない大切な伝統なんだなと感じます。

伝統工芸・熊野筆の発展に向け、新たな視点を求めSISへ

米倉:
そんな土屋社長が、「Youは何しにSIS(シス)に学びにきたの?」ーーということで、受講されたきっかけを教えてください。

土屋:
もともとのきっかけは、SIS広島校の先輩からお声がけいただいたことです。ただ、正直なところ、最初はあまり参加するつもりはありませんでした。
その後、一度だけ試しに講義に参加してみたのですが、その際に登壇されていたのが北三陸ファクトリーの下苧坪(したうつぼ)さんで、そのお話が非常に興味深く、強く心を動かされました。
そこから考えが大きく変わり、すぐに入学を決めました。
参加の背景には、熊野筆という伝統的な工芸をこれからも発展させていくためには、新たな視点や刺激が必要だと感じていたことがあります。SISでの学びや出会いが、その糸口になるのではないかと思い、入学を決意しました。

米倉:
その後のご活動も本当に素晴らしかったと思います。
受講当時のグループワークでは、(異彩のアートが輝くデザインのアパレル、雑貨、インテリア、原画などを販売するブランド)ヘラルボニーと、もう一社はどちらでしたか?

土屋:
(スモールビジネス向けのクラウドサービスを提供する)フリー株式会社でした。

米倉:
その二社に対して、グループで課題解決の提案を行い、実際にプレゼンテーションも実施していただきました。
特にヘラルボニーに対しては、伝統工芸に関する提案をされていて、とても印象に残っています。
チームとしての一体感も高く、非常に完成度の高い内容でした。

土屋:
あのときのチームには、香川、栃木、広島をはじめ、東京、大阪、名古屋など全国各地からメンバーが集まっていました。
実際に現地でプレゼンテーションを行うことができ、参加者それぞれが「自分たちの思いを直接伝えたい」という強い気持ちを持っていたため、非常に方向性が揃った、まとまりのあるチームになりました。
提案内容そのものも評価いただけたかもしれませんが、それ以上に、チームとしての連携や熱量が非常に大きな力になったと感じています。

米倉:
それこそが、我が校が大切にしている学びの一つです。
異なる業種・地域の人々が集まり、1つの課題に共に向き合うという経験は、なかなか得難いものだと思います。
また、SISでは受講の最後に「卒業課題」として、卒業後に日本や世界を1ミリでも良くするために自分に何ができるかを問い、プロジェクトという形でアウトプットする機会があります。

子どもたちへつなぐ、循環型アップサイクル筆プロジェクト

米倉:
卒業後に土屋社長が取り組まれた具体的な内容を教えていただけますか?

土屋:
小学校の理科でよく使われる、朝顔の植木鉢のようなプラスチック製プランターを題材にしたプロジェクトです。
使い終わったプランターは放置されたり、自宅で処分されたりして、適切に扱われないケースが多いんです。
そこで、私たちは学校で使われたプランターを回収し、それを筆の持ち手にリサイクルする取り組みを進めています。実際、協力者の調査によると、年間で約300トンものプランターが廃棄されていることがわかりました。

米倉:
300トンもですか。

土屋:
はい。つまりそれだけの量のプラスチックが毎年捨てられているということです。
そこで、それらを活用して何かできないかと考えました。
まず、使用済みのプランターを弊社が引き取り、それを筆の持ち手部分に再利用する。そして、ただ再利用するだけではなく、その筆を教育現場に戻して活用してもらうという、循環型の取り組みを構想しました。
元々は「捨てられるもの」だったプランターが、筆となって子どもたちのもとに戻ってくる。そうすることで、子どもたちの中に「物を捨てずに循環させる」というSDGsの考え方が自然と刻まれるようになるのではないかと考えました。

米倉:
それはとても理にかなった取り組みですね。

土屋:
このようなアイデアも、SISに参加したことで得られたものだと思っています。さまざまな業界の方々と知り合い、協力を得られたことが大きなきっかけになりました。

米倉:
なるほど。この筆の持ち手部分が、まさに再利用されたプラスチックなんですね?それを加工して、見た目も高級感のある仕上がりになっていますね。
これは化粧筆でしょうか?

土屋:
こちらは化粧筆です。そして子どもたち向けには、書道筆も用意しています。こちらに「水書き」ができる紙がありますので、ぜひお試しください。

米倉:
すばらしいですね。しっかりとした書き心地です。
(筆で「持続的成長」と書く)
これは、もう「持続的成長」と書かざるを得ませんね。非常に書きやすいです。

土屋:
ありがとうございます。こちらも熊野筆の技術が活かされているので、筆先のまとまりがとても良いと思います。

米倉:
アップサイクル筆。素晴らしい取り組みですね。

大阪・関西万博に出展!SISの学びを活かし、世界に幸せを届ける筆

米倉:
この筆は、大阪・関西万博でも紹介されるんですよね?

土屋:
はい。9月末ごろになるかと思いますが、環境省が主催するイベントの中で、2週間ほど展示の機会をいただきました。
弊社ともう1社ご協力いただいている企業が共同で参加する予定です。ほかにもいくつかの企業が展示を行いますが、大企業であるLIXILの隣に弊社のブースが並びます。規模は全く異なりますが、そうした中で選んでいただけたことを非常に嬉しく、誇りに感じています。

米倉:
私の時代にもありましたから、学校でプランターを使って朝顔を育てる教育は何十年も続いてきました。
ただ、その後の処分についてはあまり意識されてこなかったかもしれませんね。
それがこうして形を変えて戻ってくる。
「これは、かつて君たちが使っていたプランターだよ」と伝えたうえで、筆として再び手にすることができたら、循環型社会の意識がしっかりと子どもたちの中に根付くと思います。

土屋:
さらに、筆そのものの価値も上げたいという思いもあります。学校教育で使われている筆は、どうしても価格が重視されがちで、品質の面では課題も多いのが現状です。

米倉:
たしかに。安価な筆は書きにくいですし、筆先がすぐにバラけてしまうこともありますね。

土屋:
そうした使いづらさから、子どもたちが筆を嫌いになってしまうこともあります。しかし、弊社の製品は熊野筆の技術を活かして作られていますので、筆先がまとまりやすく、非常に書きやすいと感じていただけると思います。筆に対する印象が変わり、好きになってもらえれば、相乗効果として日本の伝統文化への関心も高まると期待しています。

米倉:
自分の名前を筆で書いてみよう、と思う子どもが増えれば、それが伝統工芸の継承にもつながっていきますね。
素晴らしい取り組みです。
そうした意味でも、SISでの学びは役に立ちましたか?

土屋:
はい。非常に有意義でした。
自分が受けた感動や刺激を、他の人にも伝えたくなる学びでしたので、知人にも紹介し、次の期に参加してもらいました。
また、将来的に息子が弊社に戻ってくることがあれば、ぜひSISに参加させたいと考えています。

米倉:
ありがたいお話です。
SIS自体も、まさに「循環型成長」を遂げているということですね。
伝統工芸の継承には課題も多いですが、今回のように新たな価値で広げる可能性が見えてきました。
晃祐堂として、今後取り組みたいことがあれば教えてください。

土屋:
筆の技術をベースに、「世界を幸せにしたい」と考えています。

米倉:
御社の経営理念でもある、「筆を通して、世の中に笑顔と喜びと勇気を与える。」――まさにその志を、地に根ざして展開されているということですね。

猫ブラッシュ開発に見る伝統工芸の未来 〜 伝統と革新の融合による高付加価値創出

土屋:
こちらの製品をご覧ください。先生、これが何に使われるものかお分かりになりますか?
これは「猫ブラッシュ」と呼ばれるもので、猫の毛並みを美しく整えるためのブラシです。

書道や化粧品に関心のない方にもお使いいただけるよう、近年注目を集めているペット市場(現在約1兆5,000億円規模)に向けて開発しました。猫に関心のある方は全国に非常に多くいらっしゃいますので、このような製品を通して「熊野筆の技術がこんな形でも活かされているのか」と知っていただける機会になればと考えています。結果として、筆に対する関心が少しでも広がり、さらに猫との関わり方や愛情も深めていただけるのではないかと。

米倉:
たしかに、触れてみると非常に心地よいですね。
このブラシの素材は何を使用されているのでしょうか?

土屋:
こちらは、ヤギの毛と人工毛をブレンドして製造しています。もともとは革靴を磨くためのブラシの技術を応用して開発されました。現在、実際に何匹かの猫に使いながら試しており、どの子も毛並みが非常に美しく整うという結果が出ています。

米倉:
なるほど。確かに犬用のブラシはよく見かけますが、猫専用のブラシはまだ少ない印象です。

土屋:
ペット用品市場では依然として犬が主流ですが、猫を飼う方も増えており、潜在的なニーズは非常に高いと感じています。

米倉:
筆の技術を活かして、新たな市場を切り拓くと同時に、伝統工芸としての熊野筆への関心を高めていく。その流れは非常に意義深いですね。
ただ、伝統工芸品に価値を付加していくことは簡単ではないと思います。
これは日本全体の課題でもあります。
今や日本は生産性でイタリアにも劣り、平均給与も下回っています。
イタリアは、グッチやアルマーニ、フェラーリ、ランボルギーニなど、高付加価値ブランドの力で世界を牽引しています。
日本においても、こうしたブランディングが必要不可欠だと思いますが、筆業界ではどのように価値をつけていくことができるとお考えですか?

土屋:
伝統と革新というのは、時として対立するものと捉えられがちですが、伝統を守ることに固執しすぎると、発展の可能性を自ら閉ざしてしまう危険があります。
ですから、守るべき部分はしっかり守りつつも、新たな挑戦には果敢に取り組んでいくべきだと考えています。
たとえば、この猫ブラシのように新しい製品を開発すると、当初は否定的な反応を受けることもあります。しかし、実績が出ると「ぜひ取り扱いたい」とお声がけいただけるようになるんです。
だからこそ、まずは行動することが大切だと思っています。
考えているだけでは変化は生まれません。行動し、試行錯誤を重ねながら、少しずつ認められていくことで、それが新たな正解になっていく。失敗を恐れず、まずは一歩踏み出すことが重要です。

米倉:
非常に共感できる考え方です。
普段の生活では筆に触れる機会が減っていますが、プランターが筆に生まれ変わったり、化粧筆として活用されたり、また猫ブラシとして活躍したりと、こうして可視化されることで、「この技術が熊野筆なのか」と自然と関心が向いていきますね。
そして、関心が生まれれば、実際に使う人も増える。
使用者が増えれば、価格を上げることも可能になってくる。これはとても重要な視点です。
たとえば、今話題になっている米騒動でも、日本のお米は非常に高品質にも関わらず価格が安すぎる傾向にあります。適切なブランディングができれば、本来の価値を認めてもらえるはずです。
筆も同様で、価値をしっかりと築き上げていくことが、21世紀の日本における大きな課題であり、可能性でもあると思います。晃祐堂さんの挑戦には、心から期待しています。

本日はお忙しいなか、ありがとうございました。
大阪・関西万博での展示も、今からとても楽しみにしています。


【企業情報】
株式会社晃祐堂
Webサイト:https://www.koyudo.co.jp/
「筆を通して、世の中に笑顔と喜びと勇気を与える。」を経営理念に掲げ、1978年、日本一の筆産地・広島県熊野町で創業。熟練の職人による高い検品精度と、選筆・毛先づくりに代表される繊細な技術を強みに、化粧筆や書筆に加え、新たな用途の開発にも積極的に取り組んでいます。
晃祐堂のSDGsへの取り組みについて: https://www.koyudo.co.jp/company/sdgs/